ことのはじまりは、子供の頃に夢中で読んだ、ジュールヴェルヌ作「2年間の休暇」(「十五少年漂流記」という邦題の方が有名かも)の一場面の記憶でした。帆船スラウギ号がある島に座礁し、主人公の一人、ブリアンが、のちに彼らによってチェアマン島と名付けられるその島の状況を探るために船を離れ、山の中に入っていく場面で使っていた、バッグというかザックの一種。それは子供心に非常に印象に残るものでした。
丈夫な革で作られた、非常にしっかりしたバッグで、手で提げるための取っ手のほか、背負えるように幅広のベルトが付いています。こういうのに詳しい友人に聞いたところ、そいつは、昔のヨーロッパあたりの軍隊で使われていた将校用の背嚢(背負い鞄)の一種だろうということでした。ものの本によると、本体は箱のような形をしていて、ふたはフラップ状の一枚革、上から外側にかけてすっぽりと全体をカバーし、下端は2本の調節可能なベルトで本体の底近くに固定します。ですからフラップと本体の間にはシートや毛布などを挟むことができますし、本体の内部はいくつかに仕切られ、地図や書類を、その他の備品や糧食などと分けて整理、パッキングできるようになっているほか、側面には、ホイッスル(呼び笛)や投擲弾なんかもつるしたのでしょう、スナップリング(ナス環)やストラップなど小物をつり下げたり止めたりするパーツが取り付けられていたそうで、確かにハイキングやキャンプ用などには使いやすそうです。
しかしなんと言っても、本体がしっかりした箱状だというのが肝心なところで、なにしろ軍用ですから、ちょっとした圧力や衝撃ではつぶれることはなさそうだし、地図や書類などの収納も考慮に入れていたわけですから、それこそ、アタッシェケースかパイロットケースの変形版みたいなものだったのでかもしれません。材料は厚手の革製ですし、こういうのがあれば、シックでクラシックかつヘビーデューティーな特製パワーブックキャリングケースになっていただろうななんて思っておりましたが、なんと、この日本でその末裔が、日本文化の一部としてしっかりと根付き、なくてはならないものとして愛され使われつづけていたのです。
そうなんです、奥さん! (^.^)
しーらなかった、きーづかなかった!?
まえまえから、なかなか秀逸なデザインだとは思っていたのですが、恋愛修辞学的に表現すれば、
「存じてはおりましたが、そのときはまだ、それがそうとは自分でも気づいてはおりませんでした。」
ってとこですか。とある日曜日、近所の商店街の鞄屋さんで、
「入荷しました」
の貼り紙を掲げて展示されていた見慣れた形に何気なく目をとめて、はっと気づいたのが百年目、今日こそここに優曇華(うどんげ)の、花咲く春の心地して、だったっけ? (あ、ちなみに、これ、仇討ちの敵(カタキ)に巡り会った場面のパロディーです。念のため。)
とにもかくにも、
「最高級牛革製」
「東京都知事賞受賞製品」
の札も誇らしげに、そう、君の名は、
”ランドセル”
あわてて手にとって、その構造を確かめてみると、確かにすべてしっかり、件(くだん)の軍用背嚢の要素を満たしています。違いはフラップのてっぺんに手提げ用の取っ手が無いことと、現代風にフラップの固定ベルトが磁石式のワンタッチになっていることくらい。側面のナス環まであるのだから驚きです。プロポーションが縦長なのと、小学生御用達ということで、今まで完全に視界からはずれていたというわけです。
あらためてしげしげと観察すると、さすが最高級牛革製の東京都知事賞受賞製品、みればみるほど、いかにも丈夫で造りも確か。フラップの甲革だってぴっかぴかだし、内部の構造もよく考えられてつくられています。本体は3つに仕切られていて、いちばん外側には少し小さめのチャックつきで貴重品や小物を入れておくポケットがあり、その外側に名前カードを入れる透明ホルダーが縫いつけられています。フラップの裏側全体は時間表などを入れておく透明ビニール製のもの入れになっていました。 背中に当たる部分はクッションが入った灰色のやわらかな革張りで、背負いベルトの内側にも同じ処理が施されています。神経が行き届いてるなあと、さらに感心。
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が、お値段をみて驚きました。
「4万5千円」
よんまんごせんえん!? 小学生のランドセルに? 間違いじゃないの? 4GBのHDが買えるぜ! と思って見直してもやっぱり同じ。びっくりしましたねえ。一緒に展示されているほかの製品も3万円から4万円前後。なんだかすっかり毒気を抜かれてその日はそのまますごすごと帰宅し、小学校2年生の娘の赤いランドセルを引っぱり出して、嫁さんに確認すると、「そーよぉ。いいものはそれくらいするわよ。知らなかったの?」
って、そんなもん誰も知りませんよ。それってぜったい暴利じゃないの?って言ったら、 「だってぇ、おばあちゃんが買ってくれるんだもの。いいんじゃない、立派なものの方が。あげる方ももらう方もうれしいんじゃないの?」だって。
なるほど、目に入れても痛くないほどかわいい孫への小学校入学祝い用需要を当て込んだプレミアム価格ってことですか!
「でも、良く探せば1〜2万円くらいのもあるわよ、おばあちゃんがいる人ばかりじゃないしね。」
ということで、釈然としないながらも、納得。しかし、それでも、やっぱり高いんじゃないの?
気を取り直して、娘にお願いし、貸してもらったランドセルをひっくり返して、PB2400cをつっこんでみると、これがあつらえたようにぴったり、って、あたりまえですよね。PB2400cがB5ファイルサイズ、つまりA4版の小学校教科書とほぼ同じ大きさなんだもの。付属品のケーブル類やFDドライブ、CDドライブまでぶちこんでも余裕の大きさ、書類も文房具もきれいに整理されて取り出しやすく整理できるし、まだまだ余裕があって、これならお弁当だってもっていけそう。今更ながらランドセルの容量と機能的デザインに感動してしまいました。
問題は、手提げの取っ手が無いと言うことと、背負いバンドが短すぎること。何せ小学生用ですからね、調節ベルトを最大にしても背負うのがせいいっぱい。つっぱっちゃって腕が動かないし、なんともお間抜けなスタイルになってしまう上に、無理矢理背負う現場を見た娘の、
「わーん、だめぇー!おとうさん!ふうちゃんのなんだから、こわしちゃだめぇー!」
という必死の抗議の泣き声に、そのあとのご機嫌とりの難航したこと、大変なさわぎでありました。
それでも、あり合わせのヒモを利用してベルトを長くし、嫁さんに背負わせてみると、場違いなカラーリングは別として、多少大きめではありますが、ひと頃若い女性が申し合わせたように背負っていたズンダレ(熊本弁でずり落ちてるとかずっこけてるとか言う意味です)リュックサックのごとく背中におさまり、もともとが高級本牛革製で、造りがしっかりしていますから見た目も決して悪くはなく?、革の色合いやコーディネートをうまく考えさえすれば、ひょっとしたらなかなかいけるのではないかという結論に達しました。ということは男性でも組み合わせさえ適当なら、なかなか好ましいギアとして通用するんじゃないかという気もするのですが、やっぱ、ランドセルだからなあ、ロリコンの変態にしか見えんかも。
少しばかり調べてみると、大正解。ランドセルの語源はオランダ語のRANSELがなまったもので、背嚢というそのものずばりの意味。通学鞄として普及したのは、なんと、明治時代の中頃に、後の大正天皇が学習院初等科に入られたときに、時の宰相伊藤博文がご通学用の鞄として当時陸軍で使われていた背嚢を献上したのが始まりなのだそうです。なーるほど、あのころの軍隊の装備はすべてヨーロッパからの直輸入、きっと背嚢なんかのデザインもそうだったのでしょう。でも、軍隊の備品を横流し?して皇太子に贈るとは、伊藤博文のセンスもなかなかのものですね。
結局、ランドセルはそのかみ、皇室御用達の通学鞄として使用された由緒正しき軍用背嚢であったことまで判明しちゃったわけで、これはもう、ほとんど神仏の思し召し。ランドセルは名機PB2400cを運ぶ究極のキャリングケースとなるべき宿命を背負い、日本の小学生の通学鞄という仮の姿を忍びながら今日までしぶとく生き延びてきたのだ、という事実に、一種、神の意志のようなものを感じませんか、ね、あなた?。
そのうえ、WWWをうろうろしていたら、こんどはランドセルのリフォームや手作りのミニランドセルをつくる会社のホームページまで見つけてしまい、これこそは神のお告げ (^-^)、いそいそと「2年間の休暇」の主人公ブリアンの背嚢再現版の設計図を描きおこし、駅前留学英会話学校のCMじゃないけど、
「あ、注文しょっか、ヤメよっか、かんがえ中!」
の、今日この頃であります。
おしまい。
追記:
なんという偶然か、1998年3月1日の朝日新聞日曜版に、ランドセルをあつかった記事が掲載されておりました。内容は私が調べたのとほぼ同じ。でもその中に、貴重な新情報がありました。フランスで使われているタイプは横長でおとなが使っても違和感がなく、記事を書かれた方(女性)も使っていたことがあるとのこと。なーるほど、ジュールベルヌはフランス人。だから横長の軍用背嚢が小説の中に登場したというわけだったのですね。あらためて、納得。この、フランスタイプを探してみようと真剣に考えています。