思ひで

第一話 うたかたの・・

 

 M谷19歳。運良く入れた某大学で、大学生活を謳歌していた頃の話です。

 体育会系を逃げ出し、強烈な学科サークルに入りました。非常に厳しいサークルで、月曜以外は部室で討論を繰り返し、論文を量産するというディベーター製造部だったのです。

そんな厳しい中にも、一つだけ楽しみがありました。

向いの部室にいる美人の先輩を盗み見ることでした。向いはうちとは流派の異なるサークル。我がサークルはガリガリのマルクス系。向こうはモリモリの近経系。野球で言うならセとパ。サッカーでいうならヨーロッパスタイルと南米スタイル。決して受け入れられることのない二大学派なのでした。もちろん親しげに口をきくなんてことはありません。向こうはこちらの存在すら知らなかったと思います。

 そんなある日、転機は訪れたのでした。

 某大学で私が学んでいた校舎の向いに、普段は人のあまりいない建物があります。一階が事務局で、2階から5階はゼミで使用されるため、平日の午前中は誰もいないのです。他大学の同系列サークルとの討論会を行うために、その建物の一教室を予約してセッティングする役目を仰せつかったM谷は、一人で机の配置を変えてました。

 その時、例の美人の先輩が通りかかったのでした。なんでも隣の教室を予約したいんだけど大きさを見に来た、とのことでした。現在より4倍はシャイ(当人比)だったM谷は、殆ど口をきくことも出来ずに、ハイ、ハイと返事だけをしながら机を並べていたのでした。

「名前なんていうの?」

「M谷と言います。」

「ふーん。いつも私のこと見てたでしょ」

 ああ!完璧にピーピングしていたつもりがばれていたなんて。M谷は赤面して立ちつくしてしまいました。別に裸を覗いたわけでもなく、ただチラチラ見てただけなんですが。

「私に興味あるんだ?」

あるにきまってんじゃねえか。昔から面食いなんだよ。

「きれいな人だなあ、と思って・・・」

「なにそれ?口説いてんの?」

今さらですが、幼少のみぎりより挑発には弱いM谷でありました。

「口説くっていうか、嘘がつけない性分なんです。」

「いいよ、5Fなんて誰も来ないから、5Fに行こうよ。」

今でも彼女の履いていた靴、服装、時計、指輪、ネックレス、全部鮮明に覚えています。期待よりもむしろ息苦しさを感じながら階段を登っていきました。

「あの、鍵、ないですよ。」

そう、全ての教室は施錠されており、事務室に申請して鍵を受け取らなければいけないのです。彼女は鞄から鍵を一つ取り出して、M谷に笑いかけながらクルクル回しました。

5Fの階段に一番近い部屋に入り、鍵を閉め、カーテンを閉めて机にならんで座りました。ええ、もちろん鍵もカーテンも閉めたのは彼女です。M谷は茫然と立ち尽くしてました。そこからは書き残すこともあまりありません。殆ど口もきかず、行為に及びました。

尋常でないシチュエーションに酔ったM谷はあっと言う間に果てました。彼女は素早く見繕いすると、手を振って部屋を出て行きました。

それから何度か校内ですれちがったことはあったけど、いつも鍵を回してた時の笑顔を向けてくれたことを覚えています。ただし、話をしたことはありません。

今はどこでどうしているのか・・・。彼女の幸せを祈らずにはいられません。


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