思ひで

 

第四話 枚方大橋のたもとにて

 

 22時。彼女から電話がありました。

 彼女は同じ歳の大学生でした。「男と女の関係」でない数少ない友人でした。彼との破局が近そうだ、相談に乗って欲しい、という電話でした。枚方に住んでいる彼女の家まで約40分。

 厳しい両親と一緒に住んでいる彼女は、親の目を盗んで部屋から出て、家の近くの自動販売機の前まで出ていました。

 一目で睡眠時間が不足していることが解ってしまうほど、彼女は憔悴していました。かける言葉も見つからず住宅街を抜け、枚方大橋を渡り、堤防沿いの道路に車を止めました。

しばらく二人は無言で川を見ていました。沈黙を破ったのは彼女でした。

「彼は全然悪い人じゃない。」

彼は年下で左官屋をしている男の子でした。二、三度会ったことがあります。見た目は確かにヤンキーチックでしたが、自分の仕事に誇りを持ち、誰よりも彼女を大切にしている好漢でした。

「知ってるよ。」

「でもお父さんは解ってくれない。自分が枠から出られなかった一生だからって、何も娘の好きな人を・・・。」

激しくしゃくり上げる彼女に、かける言葉はやっぱり見つかりませんでした。

「人各々の価値観だから」とか、「いつかは解ってもらえる」なんて慰めは出来ませんでした。彼女がそんな言葉を望んでいるはずはないのだから。

「お父さんに解ってもらえないのが嫌だったら別れればいいのだし、別れないのならお父さんに負けないように戦うべきだ。」

 青二才の言葉に、彼女は泣き笑いの表情で頷きました。そう言って欲しかった、と。

 時計を見ると、いつの間にか日付が変わっていました。彼女の門限が21時だということは知っていましたが、家を出ることが出来たのだから問題はないだろうと高を括っていました。

 彼女の家の前を通りすぎ、少し行った角で彼女を降ろすつもりで車を走らせました。車が家の前辺りまで来たとき・・・・ヘッドライトに突っ立っている男が浮かび上がりました。

 小柄な中年男性が仁王立ちで車を睨んでいます。慌てて車を止め、ヘッドライトを消しました。助手席の彼女を見ると、俯いて降りる素振りもありません。おそらく父親なんでしょう。

 M谷は降りて事情を説明しようと先に車を降りて、中年男性に一礼しました。

 誤解されているのは解っていました。しかし友人であること、彼女が今日家を出てきたのは娘の自主性を蔑ろにしている父親にも原因の一端があるのだということを説明するつもりでした。

 そのお辞儀が終わらぬうちに、顔面の左半分に衝撃が走りました。父親、いや、オヤジが奇声を発しながら殴りかかってきたのです。

 殴られる覚悟の元に殴られた時と不意に殴られた時とでは、ダメージがまるで違います。

 身長差で30cmはあったのですが、M谷は一発でアスファルトに沈みました。

 地獄が始まりました。

 咄嗟に助けを求めようと彼女の方を見ると、彼女は母親に無理やり家に連れ込まれています。

 オヤジの攻撃はストンピングなどという優しいものではありませんでした。革靴のつま先で倒れているM谷の体を所構わず蹴ってきます。まさにヤクザキック。M谷は胎児の姿勢で「早く気を失って楽になれるよう」祈っていました。

 オヤジは人の娘を、人の娘を、とうわごとのように繰り返しながら無抵抗の(半分失神してる)M谷に蹴りを入れ続け、

「二度と人の娘に近づくな」

と捨てぜりふを残して家に入っていきました・・・・・。

 彼女ですか?

 彼女も止められなかった悔いがあるのか、連絡は疎遠になり、二度と会うことはありませんでした。


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