第七話 恩知らず
ある春の日。世間はゴールデンウィークで学生にも帰省組が多く、キャンパスは閑散としていました。
サークルで出された課題の論文を書き上げたM谷は、大学生協でコピーを取り、ある先輩のマンションへと向かいました。
先輩はK大学3回生。同じ系列のサークルばかりで構成された連盟が主催する討論会で知り合った工学部の方でした。工学部にも関わらず経済に興味を持って、まったく畑違いのサークルに属するナイスガイ。しかも経済学部顔負けの鋭い切り口で並み居る論客を叩き切る、あこがれの先輩だったのです。
先輩の家は某私鉄沿線にありました。何度か玄関まではお邪魔したことがあったので、直接部屋まで行くことにしました。サークルの課題は資本主義社会の何とかを、フォイエルバッハ的観点から何とかかんとか、って言うアカデミズムが鼻につく、臭ってきそうな課題でした。それなりに納得のいく論文が書けたので、提出前に一度その先輩に読んでもらいたかったのです。
部屋について、呼び鈴を押しました。出てきたのは見たことのない女の人でした。
「あの、Tさんの部屋ですよね?」
「そうよ。今Tは実家に帰っていないけど、何か用だった?」
おそらく先輩の彼女でしょう。長い髪で、涼しげな目元の美人でした。小柄でしたが結構胸はありそうでした。
「Tさんに読んでもらおうと思って持ってきたんですけど、しょうがないですね。よろしく言っといて下さい。」
「せっかく来たんだから上がって行ったら?お茶くらい出すわよ」
「そ、そんな。先輩の彼女と部屋と二人きりだなんて。しかも胸大きいじゃないですか!」本音をなんとか心の叫びに押し止め、お邪魔させていただくことにしました。
彼女がお茶を入れてくれている間、M谷の精神世界はバトルフィールドの様相を呈していました。ぴっちりしたシャツとジーンズといった出で立ちの彼女を見る度、アクダマンがゼンダマンに襲いかかります。
この時点ではゼンダマンはなんとかアクダマンの攻撃を跳ね返していました。
そう、この時点では・・・。
M谷は妙にソワソワする自分を悟られまいと、先輩の本棚を観察するフリをしていました。難しそうな本ばかり並んでいる棚の一番下には、SMスナイパーが並んでました。しかも毎月欠かさず、バックナンバーが!
M谷が慌てて目を逸らし所在なげに新聞を読んでいると、あからさまに胸を、巨乳をM谷の肩に押しつけてくるじゃないですか!M谷はもう彼女の方を見ることが出来なくなっていました。バトルフィールドではゼンダマンがロープ際に追い詰められています。
耳もとで彼女が囁きます。
「Tに絶対内緒にしててくれるんだったら・・・」
ゼンダマンはテンプルを打ち抜かれ、マットに沈みました。
それ以来、二度と先輩と連絡を取ることはありませんでした。
すみません、T先輩。風の頼りにあなたが彼女と結婚したことを知りました。
もう時効ですよね?