守り-99/ 3/29
いつの頃からだろう、適当につくって、面白けりゃなんでもいいや、と思っていた自分のページが公共性を帯びてきたのは。最初は自分のネタでカウンタ上がるのが楽しかった。大人の裏画像、アーバン・モバイラー、バッグ、お飾り系。自分が面白いと感じたことを他人からも面白い、と言われる喜びが自分のモチベーションだった気がする。っていうか、モチベーションのはずだった。そのうち自分が考えるネタをはるかに越える情報が集まりだした。PCカード、トラブル、Q&A、自分で見ても、ここには2400の全てがあるような気がする。投稿される情報を整理して掲載していくうちに、チャラけたサイトは「有用な」サイトへと変わっていった。もちろん「有用な」サイトとして2400ユーザの力になれたことは、今でも自分の誇りだし、2400というドメスティックなマシンとそれを取り巻く色々な出来事に関われたことは、本当に幸せだった。このサイトのおかげで自分のやりたかった店も始められたし、雑誌に文章を書くっていう小さい頃からの夢もかなった。
でも、何かが違ってる。
僕は追われてた。毎日更新しなければ。たまっていく投稿を掲載しなくては。必死で投稿を「さばく」毎日が続いた。そして疲れ果てた頃に、今度は投稿がなくなってきた。投稿しても掲載されないんだし、送ったってしょうがないや、って感じる人がいたのかもしれない。ただ純粋にネタがもうないのかもしれない。二年前の機種で、今でもこれだけネタがある方が不思議なんだから。
そんなとき、ジンギスカンが。楽しかった。何か始めた頃に戻った気がした。この時に解った。時間がないんじゃない。ネタがないわけじゃない。要は2400への思い入れが日常になってしまっただけなんだ。毎日が新鮮だった2400との出会い、サイトの更新から、2400がただの日常の道具に変わってしまったからなんだ。そのことがやっとわかった。誰のせいでもない。もう昔とは違うんだ。
なんかずっとこのモヤモヤした気持ちのまま更新を続けてきて、もうやめちゃおっかなあ、と思ったことも何度かあった。でも(今お休み中だけど)呉さんのページに出会って、また意欲が涌いてきた。多分2400はP1にとってかわられると思う。そうなったときにまたゼロからスタートしよう。今度は有用じゃなくてもいいから、気の向いた時に更新するダラダラ系のサイトにしよう。(なんて言いながら、頂いた投稿を掲載しないと自分にイライラしたりするんだよなあ)
アンチテーゼ -98/ 9/30
とりあえずここを読んでください。皆様お馴染の岩谷君のアジ文書であります。この人はPCをただのデータ処理の道具としか見てないその筋のプロフェッショナルをバカだと思い込んでるスゴい人。PCのユーザはPCの論理構造を知らなければならないんでしょうかね?じゃああなたはPCの論理構造を完全に理解してるんでしょうか?私はあなたの成果物をみたことがないんで、なんとも言えないですが。GUIをたかが見栄えと言いきるこの姿勢、きっとこの人はCUIを使いこなせるんだ、って自負から来る選民思想の持ち主なのか、本当に何も知らない人なのか、どっちかなんでしょう。
私の大嫌いなナンシー関と同じで、大衆の意見に反対を唱えてれば取り敢えず注目される、そんな印象しかありません、この人に関しては。消費者をバカにするのもいいんだけど、あんただって消費者だろ。いたるところでアジ文書書くのはいいけど、それをあんたが蔑視してる消費者が金払って読んでるんじゃない。それでご飯食べてるんだろ?ジョブズの小手先だけの手法とあんたの矛盾に満ちた行動と、どっちが嫌悪の対象になるんだろうね。
2400cが愛される理由 -98/ 9/20
土曜日の昼下がり、来年発売されるコンシューマ向けノートブックのことを考えてると、いつの間にか2400cのことばかりを考えている自分に気がついた。毎日、あたりまえのように投稿があって、それを掲載してることが、実は全然当たり前じゃないんじゃないか、ってことにも気がついた。2400cに特化したページだし、きっと他の機種のユーザは見に来ないと思う。でも2400cのユーザって他の機種と比べたらずっと少ない。なのに毎日こんな投稿あって、毎日こんなアクセスがあって・・。それに2400ユーザ同士の強烈な一体感は何なんだろう。128MBメモリの時は署名が1,000人越えた。それが96MBメモリ発売に繋がったんだろうし、専用の冷却機まで販売された。ショップがシリコーンゴムを調達して販売したり、ユーザがバネまで作っちゃった。
アップルもここまで愛されると思ったんだろうか。アップルは企業なんでもうディスコンになったマシンのことなんてどうでもいいんだろうから、2400cはユーザが守ってやらないといけないな、なんて父母性愛に目覚めたんだろうか。うーん、ピンと来ないな。日本で企画されて日本でしか受け入れられなかったマシンだから?これは近いかもしれない。今まではアメリカからのノウハウが先に来て、ってのがあったんだけど2400cに関してはそれがなかった。だからこのページを立ち上げようと思ったんだし、来てくれるみんなも自分達が最初にこのマシンの情報を世界に広げるんだって意気込みがあったんじゃないだろうか。うーん、これも一因だけとは思うけど・・・。
自分なりの結論としては、自分がデスクトップに全然興味がない理由とほぼ一致しちゃうんだけど、使用している時間が長いから。パッケージ化されてるから愛着がわくから。これじゃないかなあ。前者は今までのどのPowerBookよりも小さくて軽いわけで、持ち運ぶ時間が増えて、使用時間が他のマシンよりずっと多い。会社でMacを使わない人がデスクトップを使ってる場合、平日なら家に帰って多くて数時間、週末に数時間。(一般的な話です。オレはもっと使ってるぞっていうのはナシ)会社に自分のPowerBookを持ち込んで、それで仕事している人の場合、プラス8時間以上なわけだから、もう全然使ってる時間が違う。その辺りかな、と。私が敬愛するMacの先輩曰く、「ノートはすぐに元が取れる。デスクトップならその何倍も時間かかる」らしい。要は使ってる時間が長いから愛される、っていうヒネリも何もない結論になりました。チャンチャン。
繁華街の片隅にて -98/ 3/31
しぇりいぃ、おれはころがりつづけてぇぇ。京都木屋町を流れる高瀬川。広げたギターケースの横に座って尾崎を歌ってる人がいました。少し離れたところには二人組がハモる練習。待ち合わせまで時間があったんで、少し離れて彼のシェリーに聞き入ってました。
知らない人の前で歌ってる彼ら。報酬を求めるわけでなく、ただ自分の歌を道行く人に聞いてもらいたいだけの彼ら。誰かに似てませんか?報酬を求めるわけでもなく、通りすぎていく人に情報や文章を発信している我々に。
私の愛機は景品です。-98/ 3/14
まだ確定した話ではないので、こんな後に残るコーナーに書いていいか迷ったんですが、もし間違った情報だったらこの記事をサラシものにして笑ってやればいいので、ここに書いておきます。
初期の20th Anniversary Macintoshを購入したお客様、要は定価で買った人には今回の価格下落の損失を補填させていただきます、現ナマはヤバいんで、PB2400cを差し上げますのでご勘弁をって噂が流れています。この限定マシンが発売された当初は888,000円。88万8千円です。今は約20万。パソコンの世界ではよくある話だと思うのですが、クセものなのは「限定」マシンであったことですよね。おまけに完売したら金型壊して、二度と作らない、本当のプレミアムマシンだ!って言ってました。結局余りに余っちゃって投げ売りに近い状態になったわけですが、初期ユーザにはたまらないですよね。Appleの言葉を信じて買ったのに・・・。
Appleも今回ばかりは言い逃れできないと悟ったんでしょう。お詫びに2400cを差し上げますってことになったんでしょうね。20th Anniversary Macintoshを買った人はしょうがねえなあ、誠意見せたんだから許してやるよってなるかもしれませんが、今度は2400ユーザの怒りが炸裂です。何だよアップル、人が高い金出して買ったマシンを景品扱いしやがって。ホント頭悪い会社です。そもそも限定モデルがこれだけ余らすのがショボいし、それを投げ売りして既に売った限定モデルの価値を下落させたのもショボショボ。最後にその補填に現行(でもないか)マシンをあてるのが超ショボ。恥の上塗りの繰り返し。キヤノン販売が絡んでるらしいんで、キヤノンで使える金券20万円分を配っとけばまだマシだったのになあ。(この場合のマシ、というか、ショボいっていうのは2400ユーザの立場での感情です。20thな方はまた違う感想をお持ちでしょうし)
もう二度と限定Mac出せないだろうし、本当に2400配っちゃったら一部のユーザに遺恨を残すことになると思うんで、誰にとっても不幸な結末ですよ、Apple様。(個人的にはどっちでもいいです。MacOSはユーザに優しくてもAppleは顧客に全然優しくないもん、もとから。)
Development Environment, Please!-98/ 3/14
もうかなり前になりますが、あるMailing Listでちょっとした論争になりました。WindowsにはVBという開発環境があるから、無茶苦茶なユーザインターフェースのソフトが氾濫するのだ、VBのような開発環境はMacには要らないという主張をなさる方とぶつかったのです。
ここでこの話をぶり返すことはフェアではありませんし、そのつもりもありません。ただ、私にはMacの衰退は開発環境の不備と直結しているような気がしてならないのです。HyperCardがあるじゃないか、と仰る方もいらっしゃると思いますし、実際そう言われたこともありました。そういう方々は、現在のVBがどれだけの機能を実装しているかご存じないのでしょう。VBは強力な開発環境です。VBだけで実現出来ない場合でも、容易にWin APIを呼び出せます。さらにExcelやWord、Accessといった主要アプリケーションのマクロもVBAという言語で書くことが出来ます。つまりVBをそこそこ使えれば、開発を生業としている人でなくても得るところは大きいのです。Excelである程度の自動化を計るためにマクロを書く、そのマクロがVBA。Accessで簡単なDBを作った。スクリプトはVBA。あるディレクトリから決められたファイルを違うディレクトリに毎日コピーしたい。ちょこちょこっとVBで書いた。ちょっとヤル気のあるユーザならすぐに出来ます。
つまりオフィススイートを主に使っているユーザが、省力化のためにVBAをチョコチョコっと触り始める。日曜プログラマ誕生の瞬間です。コツを掴めばすぐにVBでアプリを作り始めるかも知れません。対してMacは・・・。Apple Scriptがあるじゃないか、HyperCardがあるじゃないか。HyperCardが果たした役割も理解していますし、そのコンセプトは素晴らしかったと思います。しかし今のバージョンをVB5.0と比べることはVBに対して失礼でしょう。
デベロッパのMac離れが進みまくる現在、MacにもVBに匹敵する何かが必要のはず。個人的にはREALbasicあたりをアップルが買い取ってガンガンにチューン、OSにバンドルもしくは安価に配布してくれたらなあ、とか思うんですが。
CUI至上主義者への手紙-98/1/15
本屋で立ち読みした某日経系雑誌に、岩谷宏氏の対談記事が有りました。ご存じの方も多いと思いますが、音楽系からデジタル系に自らのポジションを移行したお方。「パソコンを疑う」って新書の著者としてご存じの方も多いかと思います。彼は以前からCUIこそPCのあるべき姿というスタンスを崩さない、今となってはマイノリティに属する方です。それはそれでいいんです。人各々用途も違えば環境も違うわけですから。
しかし今回の対談には驚きました。Macや95のCUIとGUIの選択を許さない構造は、神もやらなかった程の悪行だそうです。おまけに長い長いレンジで見たら、GUIは間違った手法であり、後世では黎明期の迷走みたいに捉えられるそうです。彼が語る100年後って言うのが私みたいなGUIに染まった人間には想像できないんですが、まあそれもよしとします。予言者とはその存命中、常に迫害される運命にあるのですから。私が彼を大嫌いなのは、彼の論拠があまりにもアンフェアだからです。
我々ユーザはメーカーに振り回されている無知な商業主義の犠牲者なんですね、彼に言わせると。具体的には常に買い換え需要を喚起するためにより負荷の高いGUI等への移行が進むと。(まあ頷けるところもあるけどさ)これがズルい。マイノリティからの反撃としてはあまりにも陳腐なやり方ですが、反論を許さない(つまりそれを言っちゃおしまいだろ)んですよね、これ。「君達の価値観は利潤追及者たる資本家の広告戦略によって植えつけられたものだ」って言われたら誰にも反論出来ないですよね。そもそも絶対的価値観が存在しない以上、個々の価値観は何らかの外的影響を受けているはず。だから「何言ってんだよ、俺の価値観はそんなもんじゃねえぞ」って反論は無意味です。
GUIを有り難がっているユーザ(オレだよオレ)から一言。「キミキミ。キミはその利潤追及者達へのアンチテーゼを提示することによってお金儲けてるんでしょ。キミに賛成する人は無知な活字信奉者とは違うのかい?」
愛してるよ、マイスイート(12/ 6)
今日、NCRに行ってきました。クイックガレージなもんで、ノート持ち込みの皆様が数名。Duo、2400、5300と歴代のPBがたくさん順番を待ってました。電車の中でアーモバしてるときにも感じるんですが、どうして他人のマシン、それもノートに限ると思うんですが、気になるんでしょうねえ。と思ったら似たような感覚にとらわれたことがありました。
あれは今から1年前。マイドッグ達を獣医さんのところに連れていった時。うちには犬が5匹いまして、そのうちの一番美形のブブちゃん(シーズー犬、もうお婆さん)を病院に連れていったのです。順番を待つドッグやキャットを見ているときに思いました。「やっぱりうちのブブが一番かわいいよなあ」
これ。これなんですよ。NCRで待ってるときも、「やっぱりマイ2400が一番かわいいよなあ。デスクトップだって呂比須だし」
一つだけ違ったのは、獣医さんのところではドッグやキャットの話を飼い主の方々と話をすることが多いんですが、まだクイックガレージでは話をしたことがありません。だってみんなマニアオーラが出てるんだもん。ええ、ええ、出てますよ、私も。
あなたがわたしにくれたもの(11/22)
あなたはMacから何をもらいましたか?
Macは道具である。昔から何度も見聞きしてきた言葉です。私たちにとって最も大事なものは道具を使って生み出した成果である。よって道具は道具でしかない。正しいですよね。でも道具だからこそ道具にこだわるべきである、というのも正しいはず。輪ゴムで10本まとめて売られているボールペンで文章を書いても、数万円の万年筆で書いても文章は同じ文章です。景品で貰うデジタルの時計で見ても、数十万する機械式の時計で見ても指し示す時刻は同じです。それでも万年筆でないと書けないって人も多いだろうし、機械式の時計じゃなきゃヤだって人も多いはず。
こんな当たり前のことをわざわざ休日の昼間に書いているのは、自分がなぜMacを使ってるのかをふと自問してみたからです。突き詰めたら簡単なことなんですよね。さっきの例と同じです。Macはただの道具だけれど、Macじゃなきゃヤだ。他のOSと比べて、Macが圧倒的に優っている部分なんてもはや殆どないはず。それどころか、劣っている部分だって多々あるわけです。それでもMacを使うのは何故か。慣れの一言で片づけられない部分だと思います。私にとってMacがいいって思うのは、ペンや時計と同じです。使ってると気分がいいからです。そう、たったそれだけ。統一されたGUIやシステムのメンテナンスの容易さ、機器の接続の容易さ、細かいことあげたら色々あるんだろうけど、ここが気に入ってるんだ、なんてことを思わせない奥ゆかしさが好きなのかも。
だからあんまり他人にもMacを勧めません。自分が使ってて心地よいものが他人にとって心地いいなんてこと、殆どないと思ってますから。
Macがわたしにくれたもの。言っちゃえば心地よさ、それだけ。
あなたはMacから何をもらいましたか?
ホームページを開く理由(わけ)(11/ 5)
CutyMateやCyberGateなどでおなじみのPOOHさんこと清水友彦さんがホームページを閉じられることになりました。理由は「作品の向こうにユーザーの顔が見えなくなった」からだそうです。
思えば私がページを公開して早二週間。2,600を越えるアクセスがあり、私自身が驚くほどの皆様に来ていただいています。何故ホームページを公開し、なぜホームページを閉じるときが来るのか。今回の清水さんのページ閉鎖を気に少し考えてみました。
私がホームページを公開した理由は単純です。自分の文章をマスに向かって投げたかった、それだけです。(もちろん同じMacを愛する皆様と情報を共有したかった、と言う理由もありますが)しかし、公開してすぐに気付きました。本当はそんな理由じゃない、自分の文章を、自分の持っている情報を、大きく言えば自分という存在を皆様に認知して欲しかったのだと。こう書くとただの自己顕示欲の塊みたいですが(否定しません)、自分のパフォーマンスを評価して欲しいのです。褒めてくれと言っているのではありません。私のパフォーマンスを見てどう思ったかを発信者である私と、受信者であり参加者である皆様とで共有したいのです。見に来てくださる皆様の姿も声も解らないこの状況で、何の反応も無いままに情報を発信し続けることはあまりにも虚しい作業です。秋山先生のお願いにもありましたが、皆様もホームページを訪れたらメールを出しましょう。ホームページを持ってらっしゃる方なら、届くメールがどれだけうれしいかお解りのことかと思います。
私も公開するまでは感想のメールなどを殆ど送ったことがありませんでしたが、公開してからはなるべく送るようにしています。メジャーなサイトならともかく、個人で楽しんでらっしゃるサイトなら、きっと喜びに満ちた返事が返ってくると思います。
私がホームページを閉じるときが来るとしたら、きっと清水さんと同じ理由だと思います。アクセスカウンタが回るのもうれしいですが、一言感想を送っていただく方が、ずっとずっとうれしいものです。
有明にて(10/24)
今年のはじめ、仕事の関係でMSのConferenceに参加してきました。場所は有明ビッグサイト、ActiveXなどの開発者向けのConferenceです。当時私はPB550cを使用していました。NUPowr 117/4MBにアップグレードし、メモリもフルの32MBを増設。今となっては幻のType-Cモジュールも装着。この愛機を抱えてConferenceに望んだのです。
Wintel-Noteのセンスの無さを笑っていた私はそこで衝撃を受けました。なんでみんなのノートはあんなに小さいんだ!ちゃんとグレ電の前の出っ張りにマシンが載ってるじゃないか!我がPB550cは結構はみ出してます。しかもPCMCIAモジュールのためにバッテリポートが一つ使えません。すぐにバッテリが・・・。まわりのWintel使い(当たり前ですわね。あの会場でPB使ってたのは一人だけでしょう)は最初好奇の眼差しで、そしてそのデカさと画面の狭さ(だってVGAですからね)にニヤリと笑って去っていきます。
この屈辱の体験を経て私は決意しました。例えどんなマシンであっても噂のThinkMacは買ってやる!どれだけ高くても買ってやるぞ!と。
MacとMS製品(10/23)
最近よく思うことがあります。
Mac系のweb siteやmailing listを見ていると、何でもかんでもMS憎しで一歩ひいて見てみると恐ろしいと感じることが多々あります。
そりゃ彼らのやり方はフェアじゃないし、業務(ネットワークやSI周りが本業です)でもMS製品には泣かされてます。でもMacのシェアが低いのは彼らのせいじゃないですよね。実際に競争に負けてしまったのは事実だし、新規のデヴェロッパ参入もほぼ絶望だと思います。一般的な業務ではMacは使えないのも事実だし(普通の会社にはMS Officeがあれば問題ないんですから)Macを勧めるベンダーなんて実際仕事にならないと思うんですよ。
Macのコミュニティはあちらと比べるとずっと小規模ですから、団結心が強くて互助の精神があって、そこがとてもいいところだと思ってます。ただ最近はどうも現状から目を逸らしていると言うか、MS関係のことを殆ど知らない(もしくは知っていてもMacが好きな人達からの伝聞でバイアスがかかりまくっていたりする)人がMS製品を中傷してたりして、うんざりしてます。
私はずっとMacの開発関係の仕事をしてきて、Macにほれ込んでこの業界にいます。Macがなくなったら、というかMacの精神を受け継ぐものが無くなってしまったのなら、すぐにでもこの業界から足を洗うつもりです。そんな私でもMacでは食べていけないのでMSの製品でシステム構築をしています。今C/Sのシステムを作ってくれと言われれば、やっぱりサーバはNT Server、クライアントはNT Workstationで作ると思います。MacにはVBレベルの開発環境ないし、Apple製のサーバなんて怖くて使えません。
とりとめのない散文になっちゃいましたが、要はMSの製品にだっていいところはたくさんあります。もちろんMacにも。お互い補完していけばそれでいいのですから、MS憎いからって何から何まで否定することはないんじゃないの?と偽善的な優等生発言でシメておきます。