So Be Ray! About Me


ハンドル  しんいちろう
出身 東京
現住所 St.Louis (留学中)

中学 テニス部
高校 テニス部・硬式テニス同好会会長・映画研究会
大学 体育会スキー部(競技)主将
卒後 体育会スキー部OB会副会長

職業 医師

趣味  Mac
    スキー
    ゴルフ
    MTB
    テニス
    スケートボード(過去)
嗜好  StarWars・銀河英雄伝説
    JAZZ・80年代の日本のUnderGroundPUNK
    バーボン(メーカーズマーク)・赤ワイン(カベルネ系)・コーヒー(マンデリン・ブラジル)
    TokyoDesneyLand・お台場
夢   ホームシアターを作ってSTARWARSを観る

最近のモットー    楽しく生きる。よく笑う。

好きな言葉      Smart

性格的なこと

  • 普段は長男だけに結構のんびりしている。が、オフ会のたびにテンション高いと言われてしまう。うーん。普通だと思うんだけどな。まあ、ガキの頃から盛り上げ役ではあったけどすべってばかりいたのも事実。(笑)
  • 新しもの好き。これは究極だったけど、Macに出会ってから教訓を得た。大人になったのか? Macの世界での新しもの好きは上には上がいることと、仕事で使っているので1秒でも無駄に出来ない大事な急ぎの仕事をしているときにフリーズされたらしゃれにならない状況があることから。Macは速かろうが新しかろうが安定性が一番大事!(言ってることとやってることの違いが.... 三つ子の魂百まで!)
  • ちゃらんぽらん。これは標準語なんだろうか? 要するにしっかりしていないこと。時間にお金にあまり頓着無し。しかし、最近留学して超貧乏生活が始まるためシビアな性格に変わりつつある。か?
  • なんちゃっておたく。一般的なおたくとはかなり違うと思うが何か好きになったら人より知っていないと気がすまない。(勉強・仕事以外に限る!)とはいっても、ほんちゃんおたくとはやっとなんとか同じレベルで話せる程度のもの。好きになる物はその時の友人に左右されることが多いが必ず深い知識を求めてしまう。ので、かなり広範囲な「なんちゃっておたく」だとよく言われる。

趣味のこと

  • スキー:これは生き甲斐と言っても良い。はじめたのは記憶にないが2才の時の長靴の下にプラスチックのスキー板が装着されていた写真を見たことがある。高校の時まではへたで2級を取ったくらいだったが、大学に入ってスキー部で休みの大半をスキー場で過ごすと見る見るうちにある程度滑れるようになってきた。現役を退いた今、雪の上に立てるだけで幸せを感じる。面倒なので知り合いのペンションに用具一式を預け、仕事帰りに新幹線でふらっと一人で行くことが多い。現役の頃はスラロームの板はダイナスターと決めていたが就職してからは乗り心地最重視でヘッドの板をスラローム用(SL)とジャイアントスラローム用(GS)の2セット使っている。SLの板には高さ1cmのプレート、GSの板には高さ2cmのプレートを付けどちらもビンディングはマーカーである。ブーツは当然ラング。初めの2週間くらいでブーツのシェルを出したり削ったりして自分の足に会わせていき自分の物にする。ラングは自分の足には会わないからと言う方がいらっしゃるがあれはラングをあまり知らない店の人に当たってしまったと思う。つるしの状態で自分にピッタリのブーツなど世の中に存在するはずがないように思う、金型のデザインが最大公約数で決まっている量産型である限り。マテリアルは殆ど全部 うんどうぐ屋 に任せっきりで安心している。生き甲斐だけに些細なことがうれしい。日曜日の夜のお客さん達が帰っちゃってからのナイターで高速リフトに自分を含めて全部合わせても5人くらいしか乗っていないようなときにリフト降り場で夜景がきれいだったりすると涙が出るほどうれしい。そのときは日中気温が高くてぐずぐずだった雪も気温が下がってしまってくる、そこを半径20mくらいの大半径カービングターン。うーん、考えただけで鳥肌が。もしくは平日の朝 圧雪(ピステン)が入ったままの誰もすべっていない大斜面(晴天)を、混んでくる(ボーダーが出てくる)までの短い間、普段フリーでは使わないジャイアントスラローム用の長い板を持ち出して高速クルージングターン! また春の柔い雪に(後輩達が)一生懸命硫安まいて、スラロームのポールをセットし、パキャンパキャンとリズム良く逆手でポールをなぎ倒していけた時の快感。うーん。ほんと。ちょっとなんでまだ雪降らないんだろ。(爆)

  • テニス:これは正に歴が長いだけ。小学校の2年から京王オーストラリアンテニススクールと言うところに弟たちと毎週硬式テニスのスクールに通っていた。友達はみなピアノとか公文式とかやっていたのに。中学の受験勉強のため6年生のときはやらなかったが(結局公立中学出身(苦笑))中学高校とテニス部に入るだけ入った。試合をすれば必ず負ける弱小テニス部だったが実は常敗なのは僕だけだったかも。ラリー(遊びの打ち合い)は好きなので、部活と関係ないところで友人などとはよくやっていた。デカラケまではなんとか時代について行っていたような気がするが長ラケが出てきてからさっぱりついていけなくなった。ということで、現在の自分のラケットはプリンスのグラファイトII、ガットは57ポンド(最近力無くってねえ)で張っている。

  • スケボー:これは中学生の頃本気でやっていた。絶対スポーツだと思っていた。今ではスノボの店みたくなっているSTOMYという店が原宿にあり、そこに入り浸っていた。今スケートボードをやっている人たちはあまり知らないかもしれないが現在はやっているのはストリートと呼ばれる競技でもともとバンク(おわんのような形の中ですべる)やランページ(大きな土管を半分に切ったようなやつの中ですべる)をやっている人たちが普段練習場所に困ってストリート上で技の練習をしだしたことから始まったという説とフリースタイル(水平なコンクリート上で板の上で逆立ちをしたり板をフリップさせたり板をひっくり返しトラックと呼ばれるタイヤの金具のところに足を置き板の端でバランスを取ったりして技の難易度完成度を競う)競技の発展型という説がある競技である。しかし僕がやっていた頃は3つの競技が主流だった。バンク、フリースタイル、スラロームである。僕は完全に廃れてしまった感のあるスラロームを専門にやっていた。スラロームはパイロンを立ててジグザグに進みタイムを競うという単純な競技である。今でさえ舗装し直され、歩行者天国もなくなってしまったが、当時は代々木公園の前の歩行者天国が練習場であり発表の場であった。公演の前はタケノコ族やロケンローラーが沢山いて歩けないくらいの人だったのでNHK側の歩道橋の下あたりがスケートボードの場であった。その間にはムラサキスポーツ率いるローラースケートチームがいた。そこはコンクリートの質がよく比較的つるつるしていたからである。だから大会になるとローラースケートチームとの場所の取り合いだった。そのローラースケートチームもかなりの人数を有しており、名前はなぜか「バナナクラブ」とかだったように記憶している。当時なんてださいなまえなんだと思っていたことを覚えているが、現存していないはずである。パイロンを立てるにもスケボーは180cm間隔なのに対し、ローラースケートのパイロンの間隔は160cmと違うため一緒に出来なかったからである。結局AJSAのやる全日本大会当日ストーミーのスタッフとして表参道からほこてんまで貸し出しヘルメットの運搬や場所取りのため移動中に駐車中の自動車に頭からつっこんで顔面に大けがをし、隠れてやっていたスケボーが親に発覚しやめさせられて終わった。そのころまだプロスケーターなんていなかったが注目株として活躍していた方には現在日本のトップスノーボーダーであるトヨダミツグさんがいた。高校が全寮制だったため大会に出られなかったことも原因で今は全くやっていない。

  • MTB:マウンテンバイク これは趣味と書くのもおこがましいほどで、ただ持っていて乗っているという程度。ダウンヒルをやりたくて買ってはみたが、こけたときのけがを考えると雪がない分怖すぎる。もっぱらお飾り系でいじっているがこれが楽しい。ビス1本をチタンにするとかチェーンの剛性をあげるとか、スポークはどの会社の物をどういう風に組むか、ブレーキはディスクブレーキにするとか片側から押しつけるタイプか両側から挟むタイプか、機械式か油圧式ブレーキかとか、カーボンホイールにするとかいじっているとなかなか奥が深くはまってしまう。現在はキャノンデールのリアアームがグラファイト製のフレームにスピナジーという会社のカーボンホイール、シートポストはMosbyという会社のアルミポスト、サドルはセライタリアの黄青ツートン、ハンドルバーはアゾニックのアルミダブルウォールの物を使っている、大したことはないが、今後はリアのサスペンションをエア&オイルに換えたり、フロントフォークには今度出るキャノンデールのレフティーという魅惑的な物もある。うーん、やばいよね。バイクなどと違ってパーツの単価が安いと種類が本当に豊富であるのもはまれる理由である。これはMacの世界には無いことで羨ましい限りと言うことになる。

  • GOLF:ゴルフを始めたのは20歳の時。そのころはどっぷりスキーにはまっているころで、ゴルフなんかおやじのやるもんでスポーツじゃないし、ただの遊びにしてはお金がかかるし、やるもんじゃないと思っていた。きっかけは父親が勧めてくれたゴルフスクール。

    1. やりもしないのにスポーツじゃないとか偉そうに語れないと思った
    2. 職業柄たぶん40歳の自分はゴルフをしているだろう。そのころは、周りのみんなもやっているに違いない。 ところが、考えてみると40歳になって「僕初心者です」と言うより「ゴルフ歴20年です」といえた方がかっこいいんじゃないかと考えた。

    そんな感じで始めたゴルフ、しかし、それほど興味がなかったことと、ゴルフする資金はスキーに消えていたことから、スクールに通った1年間は1度もラウンドせずにひたすら理論と打ちっ放しの生活。何より、あまりにうまくいかないのでこんなへたくそがゴルフ場に足を踏み入れてはいけないと思っっていた。 父親からのお下がりとはいえ、当時非常に高価だったカーボンシャフト(ALDILA HM-40 : R) をフルセットに装着した PING EYE II (Cupper Face) という、モデルを使わせてもらっていた。ウッドは当時出たばかりだったTalerMadeのBurnerシリーズ。猫に小判で、しかも初心者に優しいPINGとか言いながら、確かにバックフェースはかなりえぐれており、玉の上がるような設計だったけど、左右の重量配分は むしろヒールよりで中級者以上が悩む引っかけに有効なデザインだった。ということは、ようするに初心者が使うと、よりスライスしやすいということである。 これでうまくなれなければと、必死にスライスと戦っていた。考えてみるとあのシャフトは柔らかすぎるけどフェースは今の僕にあっているのかも...... いまは弟が使用中。 ウッドは本当に難しかった。全然真芯にヒットしなかったので、飛距離がよく分からず苦労した。
    22歳で、ラウンドデビュー。これは、多分同伴者に多大な迷惑をかけていたと思うが、ともかく必死だった。終了後、悔しさだけが残ったが、数えてみると「117」という、初ラウンドにしては良いスコアだったので、何とも言えない気持ちだったのを覚えている。それから数年が過ぎ、心に決めていた、「100を切れるようになったらアイアンを買おう」と言うものが現実になり。カタログを読みあさった。結局買ったのは マクレガーの MI-II というアイアン。友人達はプロモデルを買っていたが、僕の買ったのはなんというか、力の無くなってきたおじさん達をアイアンでも飛距離を稼げるようにして助けてやろうというコンセプトのモデル。このままでは若い僕の体力には合わないのでシャフトをRからSにして、購入。試打をしたときの驚きは今も強烈に覚えている。僕は飛距離なんか気にしていなかったが、ダウンスイングの途中で「やべっ(このままではこすり玉になっちゃう!!)」と思ったときでも。「ありゃっ!(こりゃつかまりすぎだ!)」と思っても、出る玉出る玉ひったすら真っ直ぐ飛んで行くではないの。しかも玉の高さが、他のアイアンより50%以上高い!。アイアンで50%以上高いと言うことは本当に気持ちのいいことで、ショートアイアンをフルショットしたときに、打ち出し角が高すぎて一瞬で視界から消えるボールが打てたときにはもう心は決まっていた。「これは魔法の杖だ!」
    当時フルセットで試打モデルを1週間も貸し出してくれていた「ゴルフ5」は、チェーン店ではあるけど運命の出会いをもたらしてくれたところとして感謝している。
    さて、結局、どこまで行ったかというと、実は留学中の現在2001初頭は、100を平気で叩く男となっており、食費節減のためあまり夕食を食べないことが多い生活ではスタミナというものの重要性を実証してしまっている。なぜなら、必ず前半は45前後で回っておきながら後半9ホールは60以上とか........ すごいでしょ? 判を押したように必ず前半は44か45か46なのだ。 自分もびっくり。10ホールからスイッチが変わるように途端に玉がばらけ出し、集中力は著しく減退する。いやー。生活が変わればもうちょっと楽しいゴルフが出来るようになるでしょう。  それと、PowerBookを購入し塗るための資金を捻出するためにゴルフを数ヶ月間全くしなかったことも関係するのか。結局人生のベストスコアは「82」、ゴルフ好きな友達が多かったときに付き合って夏休み7日間に6ラウンドとかバカなことをやっていた時のことである。かなり昔のことのように感じてしまうけどね。ま、一生もののスポーツと言われているからには、またうまくなるチャンスはあるでしょう。いつか。多分、ベストスコアを更新するまでは、この場所は更新されないと思う。さて。いつになる事やら。

  • 音楽・過去(PUNK):有頂天が僕のまさにすべてであった時期がある、当時インディーズ御三家 (「ラフィンノーズ」「Willard」「有頂天」)と呼ばれる少し前の出来事であった。土俵王子というアルバムとベジタブルの曲とそのビデオは僕の宝物だった。メジャーデビューして有頂天ももう終わりだなんて思ったが、メージャーに行ってもどんどんすごい曲を出し続けていた。ボーカルのけらさんは今でも僕の最も尊敬する人間である。こんな医者いないだろうなあ。(苦笑)  彼はナゴムレコードというインディーズのレーベルを作り、すごい人たちを次々に発掘しては世に送り出していった。ほんの一例を挙げると、たま、人生(現・電気グルーブ)、筋肉少年少女帯(現・筋肉少女隊)などがそうである。 しばらく経って、もともと映画研究会に属しておりビジュアル(ビジュアル系バンドの意味ではない)よりだったけらさんは劇団を作り「劇団健康」というかなりシュールな笑いをねらった(というかけらさんがシュールなんだけど)演劇集団をプロデュースしていた。むちゃくちゃ楽しかった、現在健康は解散し、「ナイロン100%」という劇団をやっている。帰国したら必ず見たい演劇である。どう変わったのか。 音楽活動は「ロングバケーション」と言うバンドを作った後(笑)、現在「シンセサイザーズ」というバンドをやっていると聞いている。ヒロト(元・ブルーハーツ)もおとなしくなっちゃった今、けらさんのたてのりがみたいところ。ナゴムギャルと呼ばれる女の子達が有頂天やほかのバンドのギグに出没するようになってきてから、ロフト(西武ロフトでなく新宿のライブハウス、この前閉店したと聞いている)から遠ざかってしまった。だってうるさいんだもん。なんか、のりも違うし。
    もちろん御三家と呼ばれるころはもうどっぷり浸かっていたので、ラフィンなんかは今でも曲がかかれば全部歌える、カラオケではかっこわるいから歌わないけど。本当に好きだった。チャーミー(ボーカル)のかっこいいこと、これがPUNKSでしょという感じで、シドビジャスよりはるかにかっこいいPUNKSだ。大学に入って僕の友人がラフィンのドラムのマルの弟だと分かったときは死ぬほど嬉しかった。「この前、家で兄貴のところに遊びに来たパーソンズのジルさんに会ったよ」なんて聞いたあかつきにゃああんた... 家だよ?じぶんち。でジルさんに会っちゃう。すげー... でも今は彼とはほとんど会わない。 僕はラフィンのカセットテープを一つ持っている、これは古すぎて聞けないかも知れないがあの女性3人が圧死された伝説の野音(日比谷野外音楽堂)のライブ最初からの生録テープ。だからどうだというわけではないが。当時いつも客が喧嘩を始めたり興奮しすぎて倒れる人間がいたりしてよくギグが中断していたのでチャーミーがギグを始めるときに、「今日は最後まで続けさしてくれよな」と言って始めていた。結局3曲もできなかった。(ご冥福をお祈りします)  
    曲によって当たりはずれがあったりするが、この世の中で最もかっこいい曲をやっていたのが「The Willard」である。キャプテンレコードという現在はかなり大手になっているようであるインディーズレーベルがありここがインディーズブームを牽引していたと言っても良い状況だった。ウィラードもそこの出身で、お化粧(遠くから見るとアンジーのボーカルみたいな化粧)も中世ヨーロッパ調のステージ衣装もすべてがかっこよかった。後出のビジュアル系のようにちょっとビートを効かせたポップを歌うのとは大違いで客もビスだらけの革ジャンとかが多かった。なんと言っても曲のかっこよさ、もちろんメジャーデビューする前の曲が僕のお気に入り。実は現在も活動しておられ、友人に誘われて去年(1999年)にライブに行ってみた。うーん。なんというか.... まあ... よかった。最近の曲を知らないから、ね。 でも、同じバンド名で今だ現役でやっててくれるところが嬉しかった。 これらのバンドはハードコアではない。一部ではメロディアスパンクとか言われていた。そのころ、同様に売れていた「コブラ」は、オイパンと呼ばれる部類だったと思う。わかりやすい言葉で言えば、客ののりや掛け声が「Oi! Oi! Oi! Oi!」と言う感じであったから。(笑) 子供だった僕にはこの説明で十分だったことからこれ以上は知りません(爆) 「コブラ」に関しては曲は知っていたけどお客さん達が恐い人たちばっかりと聞いて一度も行ったことがない(苦笑)
    これ以外に大好きだったバンドは、 「きどりっこ」打ち込み系のバンドだったけどかっこよかった。歌詞がなんとも良かったのでいつも聞いていたがボーカルの声が特徴的なので夢に出てきた(笑)。    「PAPAYA PARANOIA」これは「ZELDA」と共に女性だけのバンドの大御所で、当時なんて元気な女性が世の中にいるんだと衝撃を受けた(笑)。最近は大人の曲を歌われているらしい、WARWARWARはすごいアルバムだった、ホントの名曲集である。みんなに聞かせてあげたい(大きなお世話である)。ゼルダは今もかっこいい曲を出し続けている。実は去年(1999)ふとCDやさんでゼルダのアルバムを見つけて、どうせ変わっちゃったんだろうなあと思いながら購入してみた。聞いてみたら、全然かっこいい。「これがバンドとして成長するって言うことかあ!」と始めて思い鳥肌が立った。だからパパイヤパラノイアの現在のアルバムも聴いてみたいと思っている。    「GO-BANG'S」女性ボーカルのシュールな歌詞とキャッチーなメロディーが際だっていた。「ずっとずっと」と言う曲がよかったが最も好きだったのは歌詞を覚えていながら題名を忘れてしまった東京タワーの曲、勝手に引用してしまうと「東京タワーのてっぺんから、足をそろえて飛び降りる。世界で一番大きなキッス。地球に最後のプレゼント....」と言う歌詞をポップな曲に載せて楽しげに歌うシュールさが良かった。     そのほか好きだったバンドは「THE POGO」「泯比沙子&クリナメン」「ななきさとえ」「マダムエドワルダ」「ゾルゲ」「原爆OOニーズ」「ばちかぶり」等、書けばきりがないのでこのへんで....

    さて、ところで、ライフアフターパンクロックは何を聞くべきか。これは、人生の大きな問題であると思う。パンク出身の人はたぶん、ほとんど僕と同じように大人になりたくないと思いながら青春時代を過ごした人だと思う。さて、僕ももう30。大人である。おとな。JAZZは良い。が、やはりつい町中で「マッドカプセルマーケッツ」なんかの曲がかかっていると「おお?」と思ってしまうわけだ。(黒夢じゃなく。これ大事)   で、大人になってみたパンクスとして、結局昔聞いていたパンクと比べて今が良いと思えなくなるわけ。だから、日本人のバンドで注目するのは「ニューロティカ」(でもパンク)や「ザ・コレクターズ」(MODS系)、「すかんち」(B級ロックンポップ)なわけである。これらも、もういないバンド(すかんちのローリー氏は健在)もあるくらい古くからのものだったりするが。彼らの曲に昔パンクを聞いていたときの自由を感じられるはずである。自由が感じられる人たちがすくなくなったことが最も悲しい。ハードコアテクノ系だともちろん聞いてきた人たちの流れというものが無視できないわけで、揚子江(コブラのボーカル)とポン(ラフィンのギター)でやっていた「COWCOW」なんかに落ち着く。関係ないけど、以前にマル(ラフィンのドラム)が「きゃ→」のベースの方と結婚されたとお聞きした。おめでとうございます。「きゃ→」の「ピラニアボーイ」は忘れることのできない名曲でした。今でも歌えます、カラオケにはないけど(爆)。

  • 音楽・現在(JAZZ):

  • お酒:自分から飲むようになったのはホントに20とか21歳くらいから。昔から何となく日本的なものって嫌いだったので、日本酒はとことん飲まなかったら完全にだめになりました。3.4合も飲んだらたちまち気持ち悪いわ頭痛いわ。で、バーボンが好きなんす。初めは「Four Roses」(何となく初心者という感じですね)から、

  • 腕時計:皆さんは腕時計を選ぶ基準ってどの様なものでしょう。僕はもともと宝飾品がだいっ嫌いなもので、高い腕時計はだめなんですよね。Oイヤー、OレックO、なんかはもう絶対だめですね。憎んじゃう。あくまで自分的にですが。(といいつつ、デザインが上品なロンジンなんかは良いと思ってしまいますが)  で、まず、自分は暗算が苦手なのでビジュアルですぐ分かるアナログの方がどちらかと言えばいいですねと言いながら持っているのはほとんどデジタルですが、4.5年前からカシオの「ProTrek」シリーズを愛用しています。温度、気圧、高度、方位がでるタイプのやつ。スキーに行ったときの気温は助かるし、ゴルフの時の気圧計は天気を読むときに非常に助かる。研究で暗室にいるときにオートライトスイッチでボタンを手で押さなくても顔の前に持ってくるとライトが光るのは非常に嬉しい。以前スイスアルプスに行ったときに高度計の映像を、撮っているビデオにたまに入れていたら評判がすこぶる良かった。機械好きな僕としてはある機能はすべて使いこなさないと気が済まないので、使いごたえのあるこのモデルは白いものと黒いものを2つ持っており、フォーマル時などに使い分けている。  アナログにはどうしても欲しい機能がたくさんあり、とてもすべてを満足させる時計が存在しないので使っていない。列挙してみると、1.分ごとの刻みが文字盤にあること。2.その分の線に必ず分針の先がかかること(これじゃないと結局意味無い)。3.針のデザインはシンプルで、針先は必ず細く、とがっていること。4.文字盤と針の色は一瞬で識別できるように対局色を使用していること(白&黒等)。5.必ず秒針があること。そして、それは細く、分針や短針を見るのにじゃまになることが無いこと(黒い分針に赤の秒針などは不可)。6.文字盤に数字が書いてあること(よく4時と5時を間違えることがある)。7.最も大事な部分であるが、曜日も分かること。これはそもそも生活習慣に起因する。僕は月で動く仕事をしていない。月末だから何をしようとか、もうすぐ月初めだから何をしなくちゃとかがない。むしろ、明日は火曜だから何をしなくちゃとか、水曜だからこれを準備しなくちゃとかという生活を送っている。だからこそ、僕にとって日付より曜日の方が大事なのである。ところが最近の時計は猫も杓子も日付だけ... 8.飛行機乗りやダイバーじゃないので、タキメーターとかベゼルの数字などのデザインがないもの。タイマーやストップウォッチが必要なときはデジタル時計をするし、アナログには必要ない。 9.文字盤のデザインがシンプルであること。会社のロゴが大きすぎたり、小さなストップウォッチなどのないもの。 10.耐震はどうでも良いが防水はしっかりしていること(日常生活防水は不可)。 11.ベルトは金属製なもの。これは革製だと夏場のうっとうしさがひどく、一夏を越すと汗のにおいでひどくなってしまったりして不潔なこと。何時までに出なくてはいけないなどの状況でお風呂にはいるときに常に腕時計はしていたいと言うこと。風呂で一緒に洗えるし。 12.最後にデザインが上品なこと。  たったこれだけ(爆)なのになかなか見つからないものである.... 

  • StarWars:

と、こんな感じでまだ興味の出そうな物がたくさん世の中に転がっているので、ここも少しずつ増えていくと思います。(笑)